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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)163号 判決 1997年9月09日

静岡県榛原郡金谷町牛尾869番地の1

原告

株式会社寺田製作所

同代表者代表取締役

寺田順一

同訴訟代理人弁護士

寺内從道

新潟県南魚沼郡塩沢町大字長崎3433番地1

被告

株式会社石坂製材所

同代表者代表取締役

石坂正外

新潟県南魚沼郡塩沢町大字姥沢新田236番地4

被告

石坂豪

被告両名訴訟代理人弁理士

吉井昭栄

吉井剛

吉井雅栄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第13779号事件について平成8年7月2日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

2  被告ら

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告らは、発明の名称を「ぜんまいの綿取揉捻方法」とする特許第1643011号発明(昭和57年3月26日原出願の出願、昭和60年4月20日分割出願、平成元年7月26日出願公告、平成4年2月28日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成6年8月12日本件特許を無効とすることについて審判を請求し、特許庁は、この請求を同年審判第13779号事件として審理した結果、平成8年7月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月17日原告に送達された。

2  本件発明の特許請求の範囲の記載

通気可能な回転体に遊動空間を残してぜんまいを収納し、回転体の回転速度をぜんまいが遠心力により回転体上部まで上がり落下することを繰返す速度に制御することによりぜんまいの綿取りと揉捻を行うようにしたことを特徴とするぜんまいの綿取り揉捻方法。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)記載のとおりであって、「本件明細書記載の「乾燥の媒体も自由に選ぶことができる」(公告公報5欄6行参照)との効果は、本件明細書の赤干し、青干し、緑干しに関する記載からみて、天日、紫外線発生燈、焚火の煖と煙、温風のいずれかを選んで回転体を通すことであり、そのためには、回転体は単なる通気可能な回転体ではなく、天日や煙が内部に収納したぜんまいに作用する構成でなければならないが、本件明細書の特許請求の範囲にその記載がなく、発明の構成に欠くことのできない事項が記載されていない」との主張について、「「通気可能な回転体」では煙を通すことができないとも、紫外線発生燈により内部を照射することができないともいうことはできず、それらの乾燥媒体を選択することは可能であるから、本願の明細書に記載された効果を奏するに十分な構成が特許請求の範囲に記載されていないとはいえない。」と判断した。

4  審決の理由に対する認否

(1)  審決書2頁2行ないし18行(本件特許の手続の経緯及び要旨)は認める。

(2)  同2頁19行ないし12頁末行(請求人の主張及び提示した証拠方法)は認める。

(3)  同13頁1行ないし11行(被請求人の主張及び提示した証拠方法)は認める。

(4)  同13頁12行ないし20頁8行(理由(1)について)は認める。

(5)  同20頁9行ないし21頁9行(理由(2)について)のうち、請求人の主張内容(20頁10行ないし末行)は認め、その余は争う。

(6)  同21頁10行ないし13行(むすび)は争う。

5  審決を取り消すべき事由

(1)  審決は、「「通気可能な回転体」では煙を通すことができないとも、紫外線発生燈により内部を照射することができないともいうことはできず、それらの乾燥媒体を選択することは可能であるから、本願の明細書に記載された効果を奏するに十分な構成が特許請求の範囲に記載されていないとはいえない。」と判断するが、誤りである。

(2)  本件明細書における発明の詳細な説明によれば、本件発明は、1つの回転体を用いることによって、ぜんまいの乾燥特有の3つの乾燥媒体を自由に選ぶことができ、人手を煩わすことなく、また天候に左右されることなくぜんまいを乾燥しながら綿取りと揉捻を行える発明であり、そのため、「本件発明を実施する装置」としての回転体は、実施例では金網を用いてその網目から通気可能にしたが、他の実施例では、金属円筒であっても孔を多数散在穿設した金属円筒であれば「本件発明を実施する装置」になり得るとしている。

また、単なる「通気可能な回転体」との特許請求の範囲の記載では、回転体に単に直径1センチメートルの通気孔1つが設けられているだけで上記作用効果を奏しない回転体も含むことになってしまう。

(3)  したがって、本件発明の特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に開示された発明の上記のような構成、すなわち、「胴周面に多数の通気孔を設けそこから通気可能にした回転体」を用いるという構成が記載されていなければならないところ、これを欠く本件特許請求の範囲の記載は、特許法36条4項(昭和62年法律第27号による改正前のもの。)に違反するものである。

第3  請求の原因に対する被告らの認否及び反論

1  認否

請求の原因1ないし3は認め、同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  本件発明の特許請求の範囲の「通気可能な回転体」との記載は、発明の構成を十分に特定している記載である。

すなわち、特許請求の範囲の記載から一般的ないし当業者が理解できる程度の表現で発明の構成要件が記載されていれば、特許請求の範囲の記載に何ら違法はないところ、本件においても、「通気可能」とするためにどの程度の通気孔を設けるか等は、適宜常識的に判断できる事項である。

(2)  原告は、本件特許請求の範囲には、「胴周面に多数の通気孔を設けそこから通気可能にした回転体」を用いたという構成が記載されていなければならないと主張する。

しかしながら、その理論を押し進めると、どのくらいの通気孔が開いているのか、1個なのか、多数なのか、更には、通気孔の穿孔位置が回転体の側面片側なのか、胴周面なのか、更に1cm2当たり何個の通気孔が開いているのかなどを特許請求の範囲に記載しなければ、すべて不明瞭として特許は拒絶されるという不当な結論に至ってしまう。

また、原告の主張は、発明の詳細な説明に記載された本件発明の一実施例を審査対象である発明であると考え、この一実施例に基づく不可欠な構成が特許請求の範囲に記載されていないのは違法と主張するに等しいものである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立は、甲第4、第5号証を除き、当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の特許請求の範囲の記載)及び同3(審決の理由)については、当事者間に争いがない。

そして、審決書2頁19行ないし12頁末行(請求人の主張及び提示した証拠方法)、同13頁1行ないし11行(被請求人の主張及び提示した証拠方法)、同13頁12行ないし20頁8行(理由(1)について)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由(理由(2)について)の当否について検討する。

(1)  甲第2号証によれば、本件明細書には、

<1>  本件発明の目的として、「従来は山から採取したぜんまいをまず手作業で・・・綿帽子を除去する。・・・次に沸騰したお湯で約3時間湯掻いて水切後筵などの上で拡げて天日を当て、手で押し揉みしながら2、3日がかりで干し上げるが、天候に左右されるため、雨が2、3日も続くと腐敗を招いたり、品質の低下を余儀なくされていた。又ぜんまいの品質は揉捻度と天気でその良否が決まり、このため揉捻作業は日中片時も手抜きが出来ず、昼食時間もとれないといわれる程重要且つ重労働である。」(1欄12行ないし2欄1行)、「本発明は以上のような従来の欠点を除去したもので(ある)」(2欄23行、24行)と記載され、

<2>  上記欠点を除去するための方法として、「通気可能な回転体に遊動空間を残してぜんまいを収納し、回転体の回転速度をぜんまいが遠心力により回転体上部まで上がり落下することを繰返す速度に制御する」(特許請求の範囲)という構成を採用し、

<3>  実施例に基づき、「天日、紫外線発生燈、焚火2、温風などで乾物化する工程において、温風や煙を導入し得る通気可能な回転体3を回転自在に設ける。」(3欄7行ないし10行)、「図面は回転体3としての金網の円筒体を採用し、その網目から通気せしめ得る」(3欄41行、42行)、「回転体3として金属円筒に孔を多数散在穿設したものを用いても円筒体状でない任意の形状に回転体3を形成しても・・・同様である」(4欄7行ないし10行)と説明し、

<4>  本件発明の効果として、「本発明は大量のぜんまいの乾物化を人手を煩わせることなく、単に回転する回転体に収納して通気することにより乾物化に要する全工程を一度に行ってしまう生産能率良好にして天候にも左右されず、乾燥の媒体も自由に選ぶことも出来るなど秀れたぜんまいの綿取り揉捻方法となる。」(5欄6行ないし6欄2行)

と記載されていることが認められる。

上記認定の本件明細書の記載によれば、本件発明の特許請求の範囲の記載は、ぜんまいを乾物化する工程において、天日、紫外線発生燈、焚火、温風などでぜんまいを十分乾物化できる程度に通気可能な回転体を設けることを要件とするものと認められる。

(2)  原告は、本件発明は、人手を煩わすことなく、また天候に左右されることなどなくぜんまいを乾燥しながら綿取りと揉捻を行える発明であり、そのため、「本件発明を実施する装置」としての回転体は実施例では金網を用いてその網目から通気可能にしたが、他の実施例としては、金属円筒であっても孔を多数散在穿設した金属円筒であれば「本件発明を実施する装置」になり得るとしていることが明らかとなってくるから、本件発明の特許請求の範囲は、「胴周面に多数の通気孔を設けそこから通気可能にした回転体」を用いたという構成にして記載されていなければならない旨主張する。しかしながら、上記(1)に説示のとおり、「金網を用いてその網目から通気可能にしたもの」も、「孔を多数散在穿設した金属円筒」も、実施例として記載されているにすぎないものであり、実施例のとおりに「胴周面に多数の通気孔を設けそこから通気可能にした回転体」と構成しなければ本件明細書記載の効果を生じないと認めることはできないものである。よって、この点の原告の主張は採用できない。

さらに、原告は、単なる「通気可能な回転体」では回転体に単に直径1センチメートルの通気孔1つが設けられているだけで十分な乾燥を行えない回転体までもが本件発明の要旨にいう「通気可能な回転体」に含まれてしまう旨主張する。しかしながら、本件発明の実施に当たり、回転体を「通気可能」とするために、通気孔等の設置箇所、形状、個数等をどのようにするかは、当業者が適宜設計し得る事項というべきであるから、本件発明の特許請求の範囲に「通気可能な」とのみ記載されているため、単に直径1センチメートルの通気孔1つが設けられているようなものでぜんまいの十分な乾物化を行えないものまでが本件発明の特許請求の範囲にいう「通気可能な回転体」に含まれてしまうと解することはできない。よって、この点の原告の主張は採用できない。

(3)  したがって、原告の主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成6年審判第13779号

審決

静岡県榛原郡金谷町牛尾869番地の1

請求人 株式会社 寺田製作所

東京都港区新橋2丁目12番18号 及川ビル7階

代理人弁理士 岩木謙二

新潟県南魚沼郡塩沢町大字姥沢新田236番地4

被請求人 石坂豪

新潟県南魚沼郡塩沢町大字長崎3433番地1

被請求人 株式会社 石坂製材所

新潟県長岡市城内町3丁目5番地8

代理人弁理士 吉井昭栄

新潟県長岡市城内町3丁目5番地8 吉井特許事務所

代理人弁理士 吉井剛

新潟県長岡市城内町3-5-8 吉井特許事務所

代理人弁理士 吉井雅栄

上記当事者間の特許第1643011号発明「ぜんまいの綿取り揉捻方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ. 本件特許の手続の経緯及び要旨

本件特許第1643011号発明(以下「本件発明」という。)は、昭和57年3月26日に出願された特願昭57-49896号の一部を、昭和60年4月20日に特許法第44条第1項の規定により分割した新たな出願である特願昭60-84769号について、平成1年7月26日に出願公告(特公平1-35628号)がされた後、平成4年2月28日に設定の登録がなされたもので、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの「通気可能な回転体に遊動空間を残してぜんまいを収納し、回転体の回転速度をぜんまいが遠心力により回転体上部まで上がり落下することを繰返す速度に制御することによりぜんまいの綿取りと揉捻を行うようにしたことを特徴とするぜんまいの綿取り揉捻方法。」にあるものと認める。

Ⅱ. 請求人の主張及び提示した証拠方法

1. 主張

これに対し、請求人の主張の概要は、本件発明の登録は、以下の理由(1)、(2)により、特許法第123条第1項の規定により無効とされるべきであるというものである。

(1) 本件発明は、甲第1号証あるいは甲第2号証に記載された発明及び日本国内で公然実施された発明より当業者が容易に発明をすることができたものに相当し、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(2) 本件特許明細書の特許請求の範囲は、発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものということができず、本件特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

2. 証拠方法

そして、請求人が上記主張事実を立証するために提示した証拠方法は、以下のとおりである。

甲第1号証:特開昭55-48348号公報

甲第2号証:昭和55年8月10日 静岡県茶業会議所編集・発行「新茶業全書」250~252頁

甲第3号証:昭和55年8月10日 静岡県茶業会議所編集・発行「新茶業全書」600~603、604~608頁

甲第4号証:下村皖徹の署名、捺印した証明書

甲第5号証 小笠原茂樹の署名、捺印した証明書

証人 高知県長岡郡大豊町岩原697

下村皖徹

証人 高知県長岡郡大豊町岩原383

小笠原茂樹

検証物(検甲1号証):

下村皖徹方ぜんまい加工場内に設置されている中揉機(60K中揉機)

検証物(検甲2号証):

藤原操方ぜんまい加工場内に設置されている乾燥機(伊達式乾燥機)

3. 甲各号証の記載事項

甲第1号証:

<1>「機枠に回転自在に支持させた円筒形茶葉揉乾胴の回転により茶葉を旋転しつつ該胴内を流通する熱風により乾燥する胴回転式の製茶中揉機において、該胴及び回転軸の回転数を通常の2~2.5倍の高速回転とし、さらに該胴及び回転軸の回転数を通常の回転数まで変更できるものとすることを特徴とする製茶中揉機の製茶方法。」(特許請求の範囲第1項)

<2>「尚、図示してないがこの製茶中揉機には、揉乾胴2と回転軸3の回転変速装置が組み込まれ、通常の回転数(揉乾胴;20rpm前後;回転軸;30~40rpm)から通常の2~2.5倍の回転数まで、2段階にあるいは多段階に変速される。揉捻機までの工程を終了した茶葉は茶葉投入シュート8から揉乾胴2中に投入される。揉乾胴2と、揉手4を装着した回転軸3の回転方向は同じであるが、回転軸3の回転数は揉乾胴2の1.5~1.8倍であり、その差によって茶葉を揉捻する。揉乾胴2、回転軸3は、それぞれ通常の回転数の2~3倍の高速回転をするので、投入された茶葉は、揉乾胴2の内面に適度に密接して旋転し、また揉乾胴2と回転軸3の回転数の差も2~3倍となり十分に揉捻される。」(2頁左下欄5行~右下欄2行)

<3>「尚、茶葉は揉乾胴2の高速回転によって受ける遠心力により、揉乾胴2の内面に密接して旋転されるが、適度に密接し旋転されるというのは、揉捻胴2の回転数が20rpm程の場合を示す第三図のように揉捻胴2の内面が下部に位置している間だけは茶葉がその内面に密接して旋回するが、その内面が頂部に達するまでに該茶葉がその内面から離れ落下してしまうのではなく、第四図に示すように揉乾胴2の内面が下部に位置するときも上部に位置するときも、茶葉のほとんどがその内面に密接して旋回し、誠内面が頂部を通過してからいくらかの茶葉が該内面から若干離れて旋転し熱風にさらされるということであり、このような茶葉の動きを得るには、茶葉の葉型、質によって若干異なるが、揉乾胴2の回転数を、35Kg処理型の場合は50rpm前後、60Kg処理型の場合は44rpm前後、また120Kg処理型の場合は38rpm前後にするのが適切である。」(2頁右下欄6行~3頁左上欄6行)

<4>「この発明では、機枠1に回転自在に支持させた円筒形茶葉揉乾胴2の回転により茶葉を旋転しつつ該胴2内を流通する熱風により乾燥する胴回転式の製茶中揉機において、該胴2及び回転軸3の回転数を通常の2~2.5倍の高速回転としているので、投入された茶葉が高速回転によって生じる遠心力によって揉乾胴2の内面に密接して旋転し、回転軸3に装着された揉手4の下、すなわち揉手4と該内面の間に入いり易くなり、茶葉に葉型の大小や葉質の硬軟があっても揉捻が確実に行われ、茶葉の内部に潜む水分が茶葉の表面まで良くにじみ出て熱風にさらされ、上乾きが防止され乾燥の効率も良い。」(3頁左上欄7行~右上欄2行)

<5>「さらに、揉乾胴2及び回転軸3の回転数を通常の回転数まで変更させ得るので、『深蒸し』でない茶を製造するにも障害がなく、」(3頁右上欄8~11行)

甲第2号証:

<6>「8. 再乾機」と題し、「使用目的は中揉機と同じである。形は一種の回転乾燥機で、主要部は揉ねん葉を入れる横置短円筒形の容器である(写真38)。この容器には、茶葉を容器の回転方向にある高さまで引き上げて混合するための“サン”があり、胴内面には竹製の“ダク”が中揉機同様内張りしてある。その他に、“サン”の代わりに着脱自在な数個の葉さばき“ヘラ”を使っているものもある。引き上げのための“サン”の高さは、2.5cm程度のものでよく、2~3個が取り付けてある。本機の使用は、水分の少ないこわ葉を中火茶にするには適しているが、中揉機のもみ手を取りはずせばすむため、その使用は減った。なお、中揉、再乾の取り出し度は、微妙に茶の整形の良否、難易に影響するため、操作中の茶葉の一部を取り出して状態を点検するための窓がつけてある。」(251頁16行~252頁2行)

甲第3号証:

<7>高知県において、明治25年から昭和53年にかけてある程度の茶の生産量を有すること(600頁~603頁)、及び高知県は昭和53年において96の製茶工場を有すること(608頁)。

甲第4号証:

<8>下村皖徹の署名、捺印と共に、「私は、別紙1に撮影された製茶用中揉機(寺田式中揉機・・・型式NCA-60K)の中古品を、ぜんまい乾燥用として昭和55年3月に川崎鉄鋼株式会社高知営業所より1台購入し、昭和55年4月より、高知県長岡郡大豊町岩原697所在の下村皖徹の作業場において、同中揉機にてぜんまいの乾燥、揉捻及び綿取りに公然と使用していたことに相違ないことを証明いたします。」

甲第5号証:

<9>小笠原茂樹の署名、捺印と共に、「私は、別紙2に撮影された伊達式茶葉乾燥機の中古品1台を、ぜんまい乾燥用として徳島県在住の立道友景より昭和45年3月に入手し、昭和45年4月より、高知県長岡郡大豊町岩原383所在の小笠原茂樹の作業場において同乾燥機をぜんまいの乾燥、揉捻及び綿取り用に公然と使用していたことに相違ないことを証明いたします。」

4. 証人尋問及び検証の結果認定される事実

証人下村皖徹、同小笠原茂樹の各証言及び検証の結果を総合すると次の事実(a)~(m)が認められる。

(a)下村皖徹は、昭和55年の春に、寺田式中揉機を入手し(証人下村皖徹の証人調書44~56項)、ぜんまいの乾燥に用いたところ、ぜんまいの揉み及びゴミの除去もできたこと(同57項)。

(b)中揉機は、中のシャフトにぜんまいが巻き付かぬようとシャフトに木枠をつけ、揉み手をはずした状態で用いたこと(同58~61項)。

(c)中揉機の回転胴の回転数は変更する必要がなかったこと(同62~63、73項)。

(d)ぜんまいは中揉機に半分以上空間部がある状態に入れ、回転をさせると遠心力によりぜんまいが舞い上がりおちたこと。10時10分から最大で11時5分ぐらいで落ちる程度で使用したこと。(同65~68、88~92項)

(e)中揉機は、下村皖徹方ぜんまい加工場において使用されており、その状態は特に秘密にされていなかったこと(同74~75項)。

(f)下村皖徹が中揉機を用いてぜんまいの乾燥を行っていることについては、業者仲間には知られていなかったこと(同76~78項)

(g)下村皖徹が使用した寺田式中揉機の構成は、フレーム、回転胴、ファン、駆動部及び熱交換機からなり、揉み手は外してあり、回転胴は開閉扉を設けた熱交換機からの熱風が通気可能なものであって、その回転数は23~28回の範囲で変速できるものであること(同44~48項及び検甲1号証の検証調書)。

(h)小笠原茂樹は、昭和44年に徳島県有瀬の「たてみち」という人物から、茶の乾燥機をぜんまいの乾燥に使えるのではないかとの話を聞いて、昭和45年に、同人より中古の伊達式茶葉乾燥機を入手し、ゆでたぜんまいの乾燥に用いたこと(証人小笠原茂樹の証人調書13~21項)。

(i)ぜんまいを乾燥機の胴に下4分の1くらい収容し、熱風を供給し、ぜんまいを上方にまでかき上げ、約8割程度上がったところから反対側の下の方へ落下させることを繰り返し、乾燥させたこと(同24~29項)。

(j)出来上がった乾燥ぜんまいの質については、仲買人から手揉みと変わらないといわれたこと(同30項)。

(k)乾燥につれてぜんまいの白い綿はぜんまいから離れてもつれ大小の玉ができたこと(同31項)。

(l)乾燥機は主に小笠原茂樹の自宅の軒下で用いており、それをぜんまいの乾燥に用いていることは特に秘密とはしていなかったこと(同32~34、54~55項)。

(m)伊達式茶葉乾燥機の構成は、フレーム、回転胴、ファン、駆動部及び熱交換機からなり、回転胴は開閉扉を設けた熱風吹き込み口を有し、内側には竹だくが張設され、竹だくの上に2本の木製の桟が取り付けられているものであること(同18、22~24、35~37項及び検甲2号証の検証調書)。

Ⅲ. 被請求人の主張及び提示した証拠方法

一方、被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、以下の証拠方法を提示している。

乙第1号証:伊達機販売株式会社の総合カタログ(中揉機部分)

乙第2号証:特許庁編「特許・実用新案審査基準」発明協会(「公然実施をされた発明」の部分)

乙第3号証:回転体半径、臨界回転数、遠心力の対比表

Ⅳ. 理由(1)について

次に、本件発明が甲第1又は2号証に記載された発明及び公然実施された発明から容易に発明をすることができたものであるか否かについて検討する。

1. 甲第1号証の記載事項との比較・判断

(イ)対比

甲第1号証には、前記記載事項<1>乃至<5>からみて、通気可能な回転体に遊動空間を残して茶葉を収納し、回転体の回転数と揉手を装着した回転軸の回転数との差により茶葉の揉捻を行い、回転体の回転速度が20rpm程の場合に、茶葉が回転体上部途中まで上がり落下する状態となることが一応記載されていると認められる。しかし、甲第1号証に示されているのは、回転軸に揉手を装着し、回転体の回転数と揉手を装着した回転軸の回転数との差により茶葉の揉捻を行う場合の状態であり、揉手を装備した回転軸は回転体よりも速い速度で回転し、揉手と回転体との間で茶葉を揉捻するものであるから、揉み手がない状態での茶葉の落下の状態を示すものであるとはいえないし、しかも、技術常識からみて、茶葉の落下状態はその量、含水量などの諸条件により異なってくるものであるから、甲第1号証には、前記諸条件に拘わらず、回転体の回転速度を茶葉が遠心力により回転体上部まで上がり落下することを繰返す速度に制御することが記載されているということはできない。

そこで、本願発明を甲第1号証に記載された事項と比較すると、両者は、通気可能な回転体に遊動空間を残して対象物を収納し、回転体の回転により対象物が回転体上部に上がり落下して対象物の揉捻を行うようにした対象物の揉捻方法である点で一致し、以下の点で相違する。

(1) 前者はぜんまいの綿取り揉捻方法であるのに対し、後者は茶葉の揉捻方法である点、

(2) 回転体の回転速度が、前者では、対象物が遠心力により回転体上部まで上がり落下することを繰返す速度に制御しているのに対し、後者では特にそのような制御はしていない点、及び

(3) 対象物の揉捻を、前者では、対象物の回転体内での落下のみにより行っているのに対し、後者では、主として回転速度の異なる揉手と揉乾胴との速度差により行っている点。

(ロ)相違点(1)についての判断

茶葉の乾燥機は、中揉機と同様の目的で用いられるものであり(必要ならば、甲第2号証の前記記載事項<6>を参照のこと)、前記認定事項(h)、(l)から明らかなように、茶葉の乾燥機をゆでたぜんまいの乾燥、揉捻に用いることは、本願の出願前公然と実施された、あるいは公然知られた事項であると認められる。そして、その際には、回転胴内でのぜんまいの落下により、ぜんまいの綿取りも当然行われることとなるから、茶葉の揉捻方法を、その対象物をぜんまいに変更することにより、ぜんまいの綿取り揉捻方法に変更することは当業者が容易に行うことができたことである。

(ハ)相違点(2)についての判断

証人下村皖徹により実施されたぜんまいの乾燥においては、前記認定事項(c)のように回転数を調整する必要がなかったのであり、中揉機の回転胴の回転数をぜんまいが遠心力により回転体上部まで上がり落下することを繰り返す速度に制御していたとは認められないし、しかも、そのような内部でのぜんまいの動きについては、外部から中揉機の運転状態をみただけで当業者が当然理解できるものともいえず、また、そのような回転胴内のぜんまいの状態について証人下村皖徹が第三者に明らかにしたと認定するに足る証拠はない。

また、証人小笠原茂樹により実施されたぜんまいの乾燥は、前記認定事項(i)(m)によれば、桟によりぜんまいを上方へかき上げるものであって、回転体の回転数をぜんまいが遠心力により回転体上部まで上がり落下することを繰り返す速度に制御しているものではないと認められるし、しかも、そのような回転体内部のぜんまいの状態については、外部から乾燥機の運転状態をみただけで当業者が当然理解できるものともいえず、また、そのようなぜんまいの状態について証人が第三者に明らかにしたと認定するに足る証拠はない。

したがって、本件発明の構成要件である「回転体の回転速度をぜんまいが遠心力により回転体上部まで上がり落下することを繰返す速度に制御する」ことが本件特許の出願前日本国内において公然と実施されていた事項であると認めることはできないから、この相違点が当業者が容易に想到し得たことであるということはできない。

(ニ)相違点(3)について

甲第1号証に記載された発明は、回転数の異なる揉手と揉乾胴との速度差により、茶葉を揉捻するものであり、前記記載事項<4>から明らかなように、投入した茶葉を揉乾胴の内面に密接して旋転させ、揉手による揉捻を確実にすることを目的とするものである。

とすれば、例え、製茶中揉機において、揉手を外して使用することが本願の出願前に公然と知られ、あるいは公然と実施されていたとしても、甲第1号証記載の中揉機の揉手を外すことは、揉手と揉乾胴との間での揉捻が行われなくなることであって上記目的に反することであるから、対象物の揉捻を回転体内での落下のみにより行わせるようにすることは、当業者が容易に想到しうる事項であるとはいえない。

(ホ)本件発明の特許性

そして、本件発明は、上記相違点(2)及び(3)に係る構成をその構成要件として具備することにより、明細書記載の「大量のぜんまいの乾物化を人手を煩わせることなく、単に回転する回転体に収納して通気することにより乾物化に要する全行程を一度に行ってしまう生産能率良好にして天候にも左右されず、乾燥の媒体も自由に選ぶことも出来るなど秀れたぜんまいの綿取り揉捻方法となる。」(明細書10頁3行~11頁3行)という格別の効果を奏するものである。

したがって、本件発明が、甲第1号証に記載された発明及び公然実施された事実に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

2. 甲第2号証の記載事項との比較・判断

被請求人は、甲第2号証の成立につき不知であるとしているので、まず、この点について検討する。甲第2号証の奥付部分には、「新茶業全書」との書名と共に、改訂版の発行日として「昭和55年8月10日」との日付が、また、発行所として「静岡県茶業会議所」との名称が記載されており、特にこれらの記載の真偽やその頒布の有無を疑うべき理由はないから、甲第2号証は、本件特許の出願前に頒布された刊行物であると認められる。

次に、甲第2号証に記載された事項と本願発明とを比較すると、両者は、少なくとも前記1.

(イ)の相違点(1)及び(2)において相違することは明らかであり、前記1. (イ)で述べたと同様の理由により、本願発明が甲第2号証及び公然実施された事実に基づき当業者が容易に発明をすることができたということはできない。

3. 以上のことから、理由(1)についての請求人の主張は、採用することはできない。

Ⅴ. 理由(2)について

請求人は、本件明細書記載の「乾燥の媒体も自由に選ぶことができる」(公告公報5欄6行参照)との効果は、本件明細書の赤干し、青干し、緑干しに関する記載からみて、天日、紫外線発生燈、焚火の煖と煙、温風のいずれかを選んで回転体を通すことであり、そのためには、回転体は単なる通気可能な回転体ではなく、天日や煙が内部に収納したぜんまいに作用する構成でなければならないが、本件明細書の特許請求の範囲にその記載がなく、発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないと主張している。

そこで、この点について検討すると、「通気可能な回転体」では煙を通すことができないとも、紫外線発生燈により内部を照射することができないともいうことはできず、それらの乾燥媒体を選択することは可能であるから、本願の明細書に記載された効果を奏するに十分な構成が特許請求の範囲に記載されていないとはいえない。

したがって、理由(2)についての請求人の主張は採用できない。

Ⅵ. むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効にすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年7月2日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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